ディレクション(Direction)について解説!その2【アレクサンダーテクニークを学ぶ】

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前回に引き続きディレクション(Direction)についての内容となります。

今回から私の考えるディレクションについて説明したいと思います。

ディレクションとは「考え、無意識の思い、意識・無意識問わず培ってきたスキルや経験から、自分自身に言っていること」だと考えています。

ディレクション(Direction)は日本語だと「方向性」というようになりますが、これは上下左右などの物理的な方向もあれば、喜怒哀楽などの感情、感覚的、論理的など、思いの向いている方向も含んでいると解釈しています。  

たとえば、F.Mの「頭を後ろに引き、喉をおしつぶしている」状態というのは、物理的に頭は後ろと下へ方向づけられ、想像になりますが、思いとしては朗唱に対して情熱があり、上手く発声しようなどの意図に沿って、感覚的に自分を方向づけていたと言えます。

感覚的なガイドや無意識の習慣(F.Mの例など)から、意識的な活動に変化させるためにディレクションを使います。
しかし、人間は無意識の部分が大半を占めており、意識的に自分をコントロールすることには限界があります。(無意識の部分も含めて自分全体であると考えます。)

そのため、大部分が無意識に方向づけられている自分を、意識的にディレクションを増やすように変えていくというほうがしっくりきます。

 

前回、自分に意識的に指示を与えるというような表現をしたのですが、実際、そのようには考えていません。
それは、指示を出すという表現で捉えると、頭(脳)が司令塔でそれが全身に命令をするような印象を受けます。(自分をすべて意識でコントロールしようとしがちになります)

自分に「お願いする」などの表現がよいかもしれません。(実際に「ask/お願いする」という言葉を好んで使う教師もいます。)
自分全体(心身)が協力し合うような意図が含まれています。

まとめると、
意識的に自分を使って全体が協調的になるように意図する活動のことをディレクションだと考えています。

ここまでが、ディレクションというものの外枠です。

それでは、もっと具体的に説明していきます。

ディレクションは、「ことば」を使っていることが大半だと思います。
上記の「首を自由にすることで頭が前に上にいくことができ、そうすることで背中が長く広くなる。」というF.Mの文はまさにディレクションです。
そして、私も「ことば」を使っています。

前回冒頭で述べたように、この使う「ことば」がスタイルや教師によって大きくことなります。
F.Mのディレクションをほぼ踏襲したようなものもあれば、

・「頭が動いて(動けるようにお願いして)全体(自分全部)がついていく」
・「頭が脊椎の上で繊細に動けて少し上にいく」
・「首を楽にして頭が上に前に動くことを許す、背中も広く長くなることができる」

など細かな言い回しを含めると数え切れないと思います。

教師それぞれに意図があり、意識的に使う言葉を選んでいることが多いため、特定の言葉をNGとして絶対に使わない人もいます。(ディレクションという表現自体を好まない人もいます)

私は、どれが良くてどれが良くないなどと言うことは、あまり意味がないと思います。
なぜかというと、以前投稿した「ことば」のもつ意味ってなんだろう?で説明したように、人それぞれで「ことば」と結びついている意味や体験が異なるからです。

はじめは、教師の使うものを真似してもよいですが、次第に自分に一番合う「ことば」を選ぶ、もしくは「ことば」と結びついている自分なりの解釈を変化させていくことが大切です。
※私は学びはじめの頃、新しい教師に出会うたびに、その人がどのような「ことば」(ディレクション)を使っているかにとても注目していました。しかし、「ことば」そのものではなく結びついている意味が重要だと気がつきました。

では、この「ことば」を音読したり、頭の中で言えば(黙読)よいのかと言うと、そうではないのです!
機械のように、ただ読み上げてもそれはディレクションではありません。(初めのうちはよくありがちです)

いよいよ本題になりますが、この後が長いので今回はここまでとします(笑)

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